岸田首相は11月24日、「米国のバイデン大統領が石油の放出を発表したと承知している。米国とはこれまでも国際石油市場の安定のために連携をとってきたが、石油備蓄法に反しない形で国家備蓄石油の一部を売却することを決定した」として、米国と協調して、石油の国家備蓄の余剰分を市場に放出する方針を発表しました。
これに先立ち、米国バイデン大統領は、23日、石油の国家備蓄を、今後数ヵ月であわせて5,000万バレル(約800万㎘)を放出すると表明しました。さらに、日本・インド・韓国・イギリスも備蓄の放出に合意し、中国も同様の措置をとるとしており、各国が協調して原油高に対応することになりました。
日本の石油備蓄は、①国が保有する「国家備蓄」、②石油備蓄法に基づき石油精製業者等が義務として保有する「民間備蓄」、③UAE(アラブ首長国連邦)、サウジアラビア及びクウェートとの間で実施する「産油国共同備蓄」の3本立てで実施されています。
2021年9月末現在の備蓄量は下図の通りです。
備蓄量 (製品換算) |
備蓄日数 | ||||
国家備蓄 | 4,461万㎘ | 145日分 | |||
民間備蓄 | 2,773万㎘ | 90日分 | |||
産油国共同備蓄 | 191万㎘ | 6日分 | |||
合計 | 7,425万㎘ | 242日分 | |||
9月末現在の備蓄量は、国家備蓄145日分(消費量ベース)、民間備蓄90日分(消費量ベース)といずれも備蓄義務量を大きく上回っています。
今回の協調放出は国家備蓄の義務量(輸入量ベース90日分)を上回る分(「余剰分」)を対象に行われる計画です。
政府は国内の需要動向などを勘案し、国家備蓄の原油の種類を少しずつ入れ替え、その都度一部をアジアの石油市場で売却。今回の放出も同じように市場に売却できるよう詰めていますが、売却収入は、ガソリン価格抑制のために石油元売会社への補助金の財源にする案も検討中。
今回の放出は、国家備蓄の余剰分を対象に、また、価格引き下げを目的に実施されることで、いずれも初めてのケースとなります。
2011年3月の東日本大震災を契機に、「海外からの石油の供給不足時だけではなく、災害により国内の特定地域への石油供給が不足する場合」にも国家備蓄石油を放出できるようになりましたが、製品価格を下げることを目的とした放出事例はありません。 現に、2008年8月、レギュラーガソリンの平均価格が1ℓあたり185.1円と史上最高値を記録した時にも放出されていません。
過去にIEA(国際エネルギー機関)の要請に対応し、湾岸戦争や米国ハリケーン被害、リビア情勢変化への対応などでは、民間備蓄で対応し、国家備蓄には手をつけていません。緊急事態には民間備蓄分を優先し、国家備蓄は「最後の砦」として温存してきました。民間備蓄は国内の石油元売会社の管轄下にあり、放出分の機動的な活用が可能となることで優先されてきた要因となっています。
各国の放出量は、米国5,000万バレル、インド500万バレル、日本420万バレル、英国150万バレル、中国は「自国の需要に基づいて石油備蓄を放出する」と表明しています。韓国も加えた6ヵ国の合計放出量は世界の1日の平均消費量(2019年時点)の9,800万バレルを下回るとも報道されています。
「OPECプラス」の今後の生産動向等に不確定要素があるので、放出の効果は不透明ですが、日米など各国が放出しても、供給量が増えるのは一時的で、全体の需給に与える影響は限定的であるとの見方が多く、原油価格は一時的に改善(下落)に向かっても長続きしないのではないかと懐疑的です。
石油備蓄法では、備蓄の譲渡(放出)は紛争で供給が不足する事態や災害時に限られています。政府は「余剰分」の放出なら法的に問題ないと判断したとみられますが、今回の放出は価格引き下げが目的のため、これまでの説明との整合性が問われることとなります。
経済産業省は今回の放出は「主目的は原油価格の下落ではなく、油の入れ替えだ」と主張しています。しかし、売却した分を買い戻す予定はなく備蓄量は減ります。入れ替えを前倒しする理由も「原油価格の動向や米国との協調を勘案した」としており、価格の下落が目的の一つだと事実上認めています。
また、10月22日に閣議決定された「第6次エネルギー基本計画」では「引き続き石油備蓄水準を維持する」と明記されていることから、国家備蓄を初めて放出するなら、政府には十分な説明が求められます。
日本では、今回の国家備蓄の放出と別途検討されているガソリン等への補助金制度の具体的な制度設計とが相まって成案化することに重大な関心が寄せられています。